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ピープル

ジャズシンガー、ウンサン

2016-11-29



11月19日、ソウルの江南区(カンナムク)にあるコンサートホール。黒いドレスを着た女性が舞台に登場すると客席から歓声と大きな拍手が沸き起こります。低音の魅力的なボイスで観客を魅了したのは、韓国を代表するジャズシンガーの一人、ウンサンさんです。「ウンサンのジャズ・イズ・マイライフ」と題したこの日の公演は、ジャズシンガー、ウンサンさんのデビュー20周年を記念するコンサートでした。ジャズの芸術性と大衆性を完璧に調和させたシンガーソングライターと評価されているウンサンさんは、近寄りがたいイメージだったジャズのファン層の裾野を拡げる役割を果たしています。

1996年にデビュー、世界的なジャズミュージシャンと競演作業し、今では、韓国だけではなく、日本でもその実力を認められているジャズシンガー、ウンサンさん。ウンサンさんはどのようにして韓国を代表するジャズシンガーになったのでしょうか。



1973年生まれ、今年43歳になったウンサンさん。高校生の頃のウンサンさんには2つの夢がありました。1つはミュージシャン、もう1つは出家し、僧侶になることでした。僧侶になりたかったのは父親の影響でした。彼女の父親は学者で、仏教について研究し、仏教関連の本も書いていました。17歳の秋、ウンサンさんは出家を決心し、子どもの頃の記憶をたどって忠清北道(チュンチョンブクド)丹陽(タニャン)にある寺院、救仁寺(クインサ)に向かいました。この日から平凡な女子高生だったウンサンさんの厳しい修行生活が始まりました。受戒した者に与えられる戒名も授かりました。その戒名が、今も芸名のように使われているウンサンです。

2年が経ったある日、座禅を組んでいた時、居眠りをしていたウンサンさんは和尚さんに警策(きょうさく)で肩を強く叩かれました。びっくりして目が覚めた瞬間、彼女の口から歌が飛び出してしまいます。ウンサンさんが自分の中にまだ音楽への未練が残っていたことを悟った瞬間でした。この経験をきっかけに、ウンサンさんは2年間の修行生活に終止符を打ちます。もう一つの夢だったミュージシャンの道を歩むことにしたのです。高卒認定試験を経て、大学に入ったウンサンさんはヘビー・メタル系のバンド・サークルに入会します。当時はまだロックバンドで活動する女性ボーカルが珍しかった時期で、ウンサンさんは一躍有名になりました。自信に満ちていたウンサンさんはいつかプロダクションからスカウトの連絡が入ってくるだろうと信じていました。ところが、卒業間近になってもスカウトの声はかかってきませんでした。スランプに陥っていたウンサンさんを慰めるため、友人が世の中には美しい音楽がたくさんあると言いながらジャズを聴かせてくれました。胸が張り裂けそうなジャズのメロディと歌声に惹かれたウンサンさんは、その日からジャズへの旅、ジャズへの道を歩み始めました。

ジャズ公演が開かれるクラブで韓国のジャズピアニスト、シン・グァヌンさんに出会い、いっしょに公演してみようと提案されたウンサンさん。1996年1月、ウンサンさんはジャズシンガーとして初舞台を踏みました。韓国でその実力を認められ、日本に進出したウンサンさんでしたが、日本での活動は挫折の連続でした。さまざまな経験を通じて、ウンサンさんはどんな楽器、どんな舞台でも歌えるように自分を鍛えていきました。その努力は実り、2003年、デビュー8年目にして、ウンサンさんはファーストアルバム「ラブレター」をリリースし、今に至っています。

デビューから20年。この20年間、ジャズを通じて修行するという気持ちで活動してきたというウンサンさん。有名なミュージシャンより、音楽で幸せなミュージシャンになりたいと願うジャズシンガー、ウンサンさんのこれからの20年が楽しみです。

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