旧日本軍が慰安所を実質的に運営していたことが、アメリカ軍の機密文書で明らかになりました。
この機密文書は、1945年4月にアメリカ軍が作成したもので、ミャンマー、当時のビルマで日本軍捕虜を尋問した結果、部隊の便宜施設のひとつとして慰安所があったことを認めたとしています。
この日本軍捕虜は、兵士の月給は24円だったが、3.5~5円を慰安婦に渡したとしています。
また、同じ時期にアメリカ軍関係者が中国人看護婦にインタビューした文書では、旧日本軍の軍医が毎週金曜日に旧満州にあった慰安所を訪れ、慰安婦を定期検診していたことが明らかになりました。
当時、この慰安所には日本女性20人、韓国人女性130人がいたということです。
二つの文書はアメリカ国立文書記録管理庁が最近、機密から解除したもので、旧日本軍が慰安所の運営に関わっていたことを示すものとして注目されています。