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韓半島

元統一部長官が回顧録 「南北間でホットライン活用」

Write: 2008-06-09 15:22:48Update: 0000-00-00 00:00:00

元統一部長官が回顧録 「南北間でホットライン活用」

2000年に行われた初めての南北首脳会談の直後、南北の間にホットラインが開設され、2回目の首脳会談の開催に向けた提案や西海で起きた南北の海軍による銃撃戦の際の連絡などに活用されていたことが明らかになりました。
これは金大中政権で統一部長官などをつとめた林東源(イム・ドンウォン)氏が9日に出版した回顧録で明らかにしたもので、それによりますと、このホットラインは2000年6月に当時の金大中大統領が平壌を訪問して金正日国防委員長と会談した4日後に開設されました。
その後、2002年に韓国政府が林東源氏を特使として北韓に派遣し、金正日国防委員長のソウル訪問を提案したのに対して、北韓は会場をロシアに変更して、ロシアとの3カ国の首脳会談を提案したということです。
しかし金大中大統領はロシアでの開催は受け入れられないとして、代わりに板門店での開催を提案しましたが、北韓は「アメリカ軍が管轄している地域で南北首脳会談は開催できない」と拒否し、2回目の南北首脳会談は実現しなかったということで、こうした南北のやりとりにホットラインが活用されたということです。
また2002年6月に西の海=西海で起きた南北海軍による銃撃戦の際には、北韓がホットラインを通じて「この事件は下の者によって偶発的に起きたもので遺憾だ」と連絡してきて、韓国政府は謝罪と再発防止を求める返信を送ったということで、このホットラインは金大中政権の終わりまで機能したとしています。
回顧録を出版した林東源氏は盧泰愚政権の際、南北高官会談の代表として南北基本合意書と韓半島非核化共同宣言を作り、金大中政権では青瓦台の外交安保担当首席秘書官や統一部長官、国家情報院長などをつとめ、北韓に対する包容政策の立役者いわれています。

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