メニューへ 本文へ
Go Top

文化

小説『ハルビン』

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2023-01-19

玄海灘に立つ虹


〇日本で年末年始を過ごして、韓国に戻ってきました。今年最初にご紹介する本はキム・フンの『ハルビン』です。昨年のベストセラーの一冊で、伊藤博文を暗殺した安重根を描いた小説です。ハルビンは、伊藤博文が暗殺された場所ですね。1909年、満州のハルビン駅で撃たれました。韓国では年末に『英雄』という映画が公開されたんですが、これも安重根を描いた映画、もとはミュージカルなんですが、ミュージカル映画として公開され、話題になりました。そして今年は『ハルビン』という映画も公開予定なのですが、なんと安重根をヒョンビンが演じるということで、日本でも注目されそうです。同じタイトルですが、キム・フンの『ハルビン』が原作というわけではないみたいですね。なぜか昨年から安重根を描いた作品が相次いで誕生しているということで、私も気になって読んでみました。


〇キム・フンといえば韓国で人気の歴史小説家で、このコーナーでは『黒山』を紹介したこともありますが、今回は安重根が主人公の小説。日本の人にとっては「暗殺者」のイメージが強いかもしれませんが、植民地支配を受けた側の韓国では安重根はそれこそ、英雄なんですよね。実話がもとになってはいますが、あくまで小説なので、今回は歴史的事実かどうかは別にして、小説の中の話をしたいと思います。

小説の中では、暗殺を成功させた英雄に焦点が当てられているというよりは、人間安重根を描いていたように思います。安重根には妻と3人の子どもがいて、暗殺によって家族が受ける影響を考えると悩ましいですよね。暗殺者と聞いて思い描くような血気盛んなイメージではなく、深く考えて行動する思慮深い人物のように描かれていました。どういう思いで暗殺を決行することにしたのか。目的は伊藤の死にあったのではなく、伊藤を撃つことで植民地支配に抗うための言葉を伝えることができると考えたようです。暗殺なくして、自分の言葉に耳を傾ける人はいない、暗殺によって世界が耳を傾けてくれるということです。


〇もう一つ、鉄道の駅が暗殺場所になりましたが、鉄道というのは植民地支配の象徴的な場所であり、伊藤が鉄道が好きだというのも、暗殺場所に選ばれた理由として小説の中で述べられています。何か暗殺を演出している感じで、とても映画的だなと思いました。

実は私は昨年、韓国のテレビの歴史番組に3度出演したんですが、そのうち1回は伊藤博文がテーマでした。それで、伊藤博文については少し勉強する機会があったわけですけど、日本では近代化といえば伊藤博文と言ってもいいくらい、明治時代の中心人物ですよね。その近代化を、隣の国でもやろうとしたんだと思います。伊藤は伊藤なりの理想があったんだと思いますが、隣の国にしてみれば侵略以外のなにものでもない。一つの暗殺事件をめぐって、暗殺された側、暗殺した側、双方から考えてみるのも大事かなと思います。


〇おもしろいなと思ったのは、安重根のような人物がもう一人いたんですね。ウ・ドクスンという人で、実在の人物ですが、この小説にも出てきます。安重根と共に、伊藤暗殺に向かった人物で、安重根はハルビン駅で、ウ・ドクスンは別の駅で機会を狙っていました。もしウ・ドクスンが暗殺に成功していれば、ウ・ドクスンが韓国の英雄になっていたと思うと、なんだか不思議な気がします。


〇安重根以外にも、様々な人物の立場から暗殺事件の前後を描いているのですが、例えば、当時の大韓帝国の純宗(スンジョン)皇帝の立場からすれば、伊藤を朝鮮人が暗殺したというのは非常に複雑な出来事になります。日本との緊張関係は高まりますし、結局、翌1910年、韓国併合、日本が大韓帝国を統治下に置きます。

小説なのですべてをこれが歴史と思って読むことはできないですが、いろんな立場から見るという体験は小説ならではだなと感じました。

歴史的ヒーローをヒーローとして描かず、等身大の人間として描くことで、その時代に自分が生きていたら、と想像してみる機会になる一方、戦争が身近に感じられる昨今ではそれが本当にただ過去の出来事なのかなとも思います。1909年前後の混乱の時代が、また100年以上を経て繰り返されているようで、だからこそまた作品となって、共感を生んでいるのかもしれないなと思います。2023年、少しでも世界が平和になることを願いつつ、作品を通して過去を振り返ることもまた平和への一歩につながるのではと思い、ご紹介しました。


おすすめのコンテンツ

Close

当サイトは、より良いサービスを提供するためにクッキー(cookie)やその他の技術を使用しています。当サイトの使用を継続した場合、利用者はこのポリシーに同意したものとみなします。 詳しく見る >