午年の今年にちなんで、馬にまつわる韓国のことわざを紹介します。
韓国人のソラくんと日本人のミミちゃん、二人の会話からことわざの意味を探ってみます。
●馬に乗れば手綱を取らせたい(말 타면 경마 잡히고 싶다)
ソラ:ミミちゃん、なんだか嬉しそうだけど、新年早々なにかいいことがあったの?
ミミ:聞いて! 推しのコンサートのチケットが当たって、先週行ってきたの!
ソラ:あの競争率の高いコンサート? すごいね、今年はもうこれ以上望むものはないね。
ミミ:いいえ、今回は席が3階で、ステージの推しが豆つぶくらいしか見えなかったから、次はアリーナ席を狙ってまた応募するんだー!
ソラ:欲張りだなあ。「말 타면 경마 잡히고 싶다(馬に乗れば手綱を取らせたい)」ってやつだね。
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昔は馬が唯一の交通手段でした。馬に乗れば歩いていくよりもずっと楽ですが、両班(ヤンバン)といわれる階級の人々は、さらに楽をするために下人に手綱を引かせたがった、ということから、人間の欲にはきりがないことを意味することわざとして使われています。
日本語で使われる似たようなことわざは「隴(ろう)を得て蜀(しょく)を望む」というのがあります。
ミミちゃん、一度のコンサート体験でさらに「欲」が高まってしまったようですね。まあ、その気持ちはわからないではないですけどね。
●馬の行くところに牛が行く(말 갈 데 소 간다)
ミミ:ところで、サークルの新年会の出しものを何にするか、ソラくんのグループはもう決めた?
ソラ:うん……気が進まないけど、ダンスバトルだって。
ミミ:えっ、ソラくんって超運動音痴にリズム音痴じゃない!大丈夫なの?
ソラ:大丈夫じゃないよ。僕以外はみんなすごくダンス上手いんだもの。あー、これじゃ「말 갈 데 소 간다(馬の行くところに牛が行く)」だよ~。
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馬と牛では役割が違うのに、馬の行き先に牛がついていってしまうと困りものですね。これは、「行くべきでない所に行く」、つまり場違いな状況を意味します。
ただ、このことわざにはもう一つ別の意味があります。足の速い馬に比べてゆっくり進む牛でも、がんばれば同じところにたどり着く、つまり、「人にできることなら自分も努力すればなしうる」という意味にも使われるのです。これは「牛も千里、馬も千里」ということわざに近いですね。
●馬の尻尾についたハエが千里を行く(말 꼬리에 파리가 천리 간다)
ソラ:今年の学生会長、キム先輩に決まったみたいだね。
ミミ:えー、私あの人、好きじゃない。自分では何もしないし、ぜんぜん能力もないのに。結局、親の力と、歴代の先輩たちに気に入られたからでしょ?
ソラ:まさに「말 꼬리에 파리가 천리 간다(馬の尻尾についたハエが千里を行く)」ってやつだね。しかしミミちゃん、新年からだいぶ辛辣だね。
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これは昔話に基づいています。千里を走る脚力を自慢する馬の尻尾に、一匹のハエがとまって悠々と千里を越えた、という話から、人の力や権威を借りて威張ることを言います。日本語では「笠に着る」という慣用句に近い意味です。
同じ話が元になっていることばでは「蒼蠅驥尾(そうようきび)に付して千里を致す」という言葉がありますが、こちらは「凡人でも優れた人についていくことで功績を残すことができる」という肯定的な意味合いがあります。由来が同じでも、韓国と日本で使われ方が違ってくるのが面白いですね。