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文化

小説『最善の人生』

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2022-11-17

玄海灘に立つ虹


〇本日ご紹介する本は、イム・ソルアの小説『最善の人生(최선의 삶)』です。韓国では2015年に出た本ですが、日本ではつい最近、10月に翻訳出版されたばかりです。私は先に同じタイトルの映画『最善の人生』(2021)を見たんですが、主人公のカンイをアイドルグループ「ガールズデイ」のミナが演じ、今年の女性映画人賞の新人演技賞を受賞するなど、何かと話題になった映画です。その原作、ということですが、小説は小説で第4回文学トンネ大学小説賞を受賞し、注目を浴びました。映画とは違う部分もちょっとあって、まず映画は主人公が高校生でしたが、原作の小説では中学生。と言ってもかわいらしい青春物語とはかけ離れた、中学生が経験するにはちょっと過酷な内容でした。


〇イム・ソルアさんは先に詩人としてデビューし、小説も書くようになったのですが、それだけに言葉一つ一つ、刺さってくるような感じがしました。それが中学生の抱える痛みとぴったりで、読みながら少しつらくもあり、自分の中学時代を振り返って、非行少女ではなかったですが、家庭でのことや、友達関係での悩みが決して小さくはなかったなと思い出したりもしました。

イム・ソルアさんは1987年生まれ、大田(テジョン)出身だそうで、この小説の主人公も大田に住んでいます。


〇日本語版の表紙には「家や中学校に不信感を募らせ、ソウルの路上に飛び出したカンイ、アラム、ソヨン。家出少女たちを待ち受けていたのは、さらなる悪夢だった――」とある通り、主人公カンイとその親友のアラムとソヨンの3人の家出から物語が展開していきます。3人は中学生ながら煙草も吸うし、お酒も飲む、いわゆる非行少女です。家を出ると言い出したのはソヨンでした。カンイは特別家を出る理由があったわけではないけど、知らないどこかへ行きたかった、それくらいの動機で家出を決行します。

中学生の家出なんて、すぐお金がつきて家に戻るだろうと思いがちですが、3人は違う。お金がなくなると、アルバイトを始めます。カンイは刺身屋、アラムはバー、ソヨンはカフェで働き、家出生活を続けます。読んでいて見えてくるのは、3人よりも、むしろ周りの大人たち。暴力的だったり、怠け者だったり、若者を守ろうという大人よりも、利用しようとする大人たち。そんな情けない大人たちの姿がカンイの目を通して見えます。


〇3人の中ではソヨンが一番裕福な家庭で育っているのですが、ソヨンはどんな不満があって家出したのだろうと思ったら、ソヨンは将来の夢が映画俳優だと、カンイに打ち明けます。「英語教師じゃなかったの?」と聞くカンイに、「それはお母さんが書いたの」と言うソヨン。将来の希望について学校に提出する書類に英語教師と書いたのは、ソヨン本人でなくソヨンのお母さんが書いたものだったようです。将来について母との間で葛藤があり、家出したことが分かります。


〇韓国らしいなと感じた部分は、住んでいる場所で学校でのヒエラルキーが決まるところ。カンイが住む場所は実は校区外で、不正に越境入学したのですが、校区の地域は比較的経済的に豊かな家庭が多く、カンイの住む場所は比較的貧しい家庭が多いみたいです。カンイがソヨンとけんかになった時、ソヨンは「〇〇に住む分際で」という言い方でカンイを蔑みます。〇〇に住んでいるというのは、カンイにとって、家出したかった、どこか遠くへ行きたかった理由だったようです。


〇イム・ソルアさんのインタビュー記事で印象的だったのは、「私は状況の把握が遅い方で、その状況で自分がどんなことを感じるべきなのか、どんな言葉を発するべきなのか、後になって気付く。記憶を復元したいというより、当時を理解したかった」という言葉でした。当時というのは、自分がカンイと同じ中学生だった時ですが、私も読みながら自然と中学生の頃を思い出し、当時の自分をまた違った視点で理解できるような感じがしました。その時には戻れないけども、その時に戻って自分に寄り添うような気分。優しい、温かい小説ではないけども、私にとってはそんな気分にさせてくれる小説でした。私は韓国語で読みましたが、翻訳はベテランの古川綾子さんなので、ぜひ、日本語版で読んでほしいなと思います。


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