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文化

小説『深い中庭のある家』

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2023-03-16

玄海灘に立つ虹


本日ご紹介する本は、金源一(キム・ウォニル)の小説『深い中庭のある家(마당 깊은 집)』です。1988年に出た小説なんですが、韓国ではとっても有名な小説で、日本でも昨年翻訳出版されました。私自身は、実はタイトルも作家の名前も聞いたことはあるという程度だったのですが、昨年秋に大邱に行った時に、「金源一の深い中庭のある家」という、記念館のような場所を訪問する機会があって、それがきっかけで小説を読みました。朝鮮戦争後の話なのですが、大邱という場所は、朝鮮戦争の時に避難民がたくさん逃げてきた場所で、そういう戦後の混乱期の様子が描かれています。


作家の金源一さんは、1942年生まれ、朝鮮戦争が1950年に勃発して53年に休戦となるので、小学生の頃に朝鮮戦争を経験した世代です。お父さんが北朝鮮へ行ってしまったというのもあり、朝鮮戦争にまつわる作品が多いことで知られています。なかでも『深い中庭のある家』は自伝的小説で、金源一本人の経験が反映された部分が多いようです。


『深い中庭のある家』は、主人公の少年ギルナムが朝鮮戦争後、大邱の「深い中庭のある家」に暮らすのですが、この主人公ギルナムのモデルが金源一本人ということです。この家には、家主一家とギルナム一家以外に四家族が住んでいます。戦争で大邱へ逃れてきた出身もばらばらの人たちが一つの家に暮らすのですが、例えばどんな人がいるかと言えば、傷痍軍人(戦争でけがを負った軍人)。右腕を戦争でなくした男性で、戦争のトラウマなのか、無口で、人を見る時は敵をにらみつけるような目をする、戦争の生々しい傷跡を感じさせる人物です。あるいは北朝鮮の平壌から来た一家もいます。

「深い中庭のある家」に暮らす人たちを通して、朝鮮戦争後の人々、特に避難民の暮らしが見えてきます。貧しい暮らしぶりではありますが、戦後をたくましく生き抜こうとするエネルギーが感じられる小説でした。


ギルナムは4人きょうだい、母は針仕事で生計を立てています。ギルナムは少年ですが、お父さんがいないので「家長」で、母の期待も大きかったようです。生き抜く術を身につけさせようと、母はギルナムにお金を渡し、「この金で新聞を買って、売ってみろ」と言います。購読者の家に配達する新聞配達ではなく、街中で売る「新聞売り」です。だんだん、いつどこに行けば新聞がよく売れるかという感覚も身につけ、例えば病院の待合室で手持無沙汰の人たちに売ったりします。

父親については母から空襲で死んだと聞かされていたようですが、実は北朝鮮へ渡っていて、それが知られると母子家庭の生活はもっと厳しくなるという時代でもありました。


大邱の「金源一の深い中庭のある家」という記念館は、小説の舞台を再現した中庭がある韓屋(韓国式伝統家屋)で、作家と作品に関する展示が見られました。

この小説が有名なのは、ドラマにもなっているからなのですが、1990年に放送された同じタイトル『深い中庭のある家』というドラマで、コ・ドゥシムが少年の母の役を演じました。コ・ドゥシムは今もたくさんのドラマに出演しているので日本でも知っている方多いと思います。記念館にはドラマに関する展示もあって、記念館に行った時点ではまだ読んだことのない小説だったのですが、展示を見ているだけでも小説の世界が目に浮かぶようでした。旅行などで大邱に行く機会があれば、立ち寄ってみてほしいなと思います。


小説のあとがきで、金源一は「貧乏は絶望ではなく希望に向かう道」という表現をしていますが、戦争が終わり、復興に向けてみんなが夢を持って生きた時代だったようにも感じました。日本語版も出ていますので、韓国の人ならみんなが知っている名作『深い庭のある家』、ぜひ読んでみてください。


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